158cmの低身長・アトピー・ヒョロガリ・非モテコミュ障がモデル美女を口説くまで

初めまして。あやとです。

一番最初は僕がどんな人間かということを
話していきたいと思います。

では、自己紹介しますね!
まず簡単なプロフィールとしては、

7年前にナンパ活動をはじめて、

現在は、経験人数は200人を超え、
高身長の現役モデル美女と付き合っています。

今まで口説いてきた女性は、

・現役で芸能活動している女の子
・元C◯n Ca◯のファッションモデル
・恵比寿の高級ラウンジ嬢
・某有名アーティストの
巨乳バックダンサー

とかですね。

今はナンパで身につけたスキルを使って、
ビジネスを始めて1ヶ月で
月収150万円突破したり、
音楽活動で演奏したりオリジナル曲を売ったり、
趣味の武道を中高生に教えたり、
大学生の就活のサポートをしたり、
まあ、ナンパのコンサルとかも
数多くしてきました。

25歳から28歳までの3年間で、
10人中10人が
可愛いと言うような
美女を口説いてきたので、
それなりに
モテる男になれたのかなと思います。

ただ僕よりもっと可愛い美女
( TVの売れっ子とか)を口説いたり、
経験人数も1000人以上いるような
人もたくさんいます。

なので僕なんかもまだまだへなちょこですが、
それでも提供できる知識はあるので、
このブログを運営しています。

今は、ナンパで身につけた力を
もっと伸ばしていって、
自分の彼女だけではなく、
女友達や仕事関係の仲間など、
多くの人を幸せにできるよう
自己研鑽を重ねています。

僕が目の前の人と話すだけでも、
ナンパや仕事、就活、勉強など
結果を出させています。

わった人が成功していった姿を
見ると僕も嬉しいんですよね。

ナンパも人生も成功を手に入れるためには、
”口説き”を学んでいく。
そのために情報を得て、
実践していくしかありません。

もしあなたがナンパや恋愛活動、
婚活に興味がなかったとしても、
これを自分とは関係のないものだと
思わないでください。

童貞だろうが100人斬りの凄腕だろうが、
既婚者だろうが、未婚者だろうが、
彼女がいようがいまいが、
ナンパを通して変わることが
できている人はたくさんいます。

僕も、

・158cmの低身長
・アトピー
・ヒョロガリ
・非モテ童貞大学生

でしたが、
理想の美女と付き合い、
毎日が充実した生活を
手に入れることができました。

なぜ手に入れることができたかというと、
正しい情報を得て、行動をして、
”口説き”を習得したからです。

その辺の話もこれから
どんどんしていきたいと思います。

ナンパや恋愛に関する事柄に関しては、
この記事で書ききることは、
正直不可能なので、
今後はブログやYoutube、
Twitterなどで配信していきますので、

楽しみにしていただけたらと思います。

そして、今現在
興味関心があることとしては、

読書したり、
漫画を読んだり、
焼肉を食べたり、
寿司を食べたり、
高級ホテルを回ったり、
葉巻吸ったり、
シーシャに行ったり、
バイクに乗ったり、
ビジネスを学んだり、

そんな感じですね。

今回、このブログを読んでくれている人は、
ナンパや恋愛に興味がある人が多いと思うので、
ナンパや恋愛のことを中心に話をしつつ、

それに絡めて、僕の好きなものに関して
話していけたらいいなと思ってます。

まずは最初は、

僕の経歴から話していこうかなと。

分量は少し多いですが、
かなりライトに書いてみましたので、
エンタメ感覚でさらっと読めると思います。

ではここから僕の物語です。

158cmの低身長・アトピー・ヒョロガリ・非モテコミュ障がモデル美女を口説くまで

僕は2018年のクリスマスの時期に始めました。
当時は彼女もいなく、
いつも寂しい1日を過ごしていたので、
周りがカップルだらけの中、体も心も寒い中、
道行く女性に声を変えることから始めました。
当時25歳です。

その歳から、
ナンパの世界に入って、
おまけに僕は1年で経験人数も100人突破し、
彼女も5人、セフレも10人作ったり
していたので、

「すごい」「才能がある」「センスがある」

などといったことを
たくさんの人に言われました。

しかしまず前提として、
ナンパをやるために、

才能なんていらないということです。

イケメンじゃないとか、
高身長じゃないとか、
たくさん稼いでいないとか、

才能なんて本当にいりません。

それをとりあえずでいいので、
しっかり覚えておいてください。

そして、僕は、
25歳からナンパ活動を始めたわけなのですが、

「なぜナンパを始めたのか?」

これを多くの人から聞かれる
質問の1つなんですが、
書いていくと、
理由として大きいのは、

「自分に自信がなかった」
「コミュ障だったから」
「自分のタイプの可愛い子を彼女にしたかった」

この3つです。

では、まず自分に自信がなく、
コミュ障だったことを話しますね。

喘息・アトピー・転勤族でぼっち病弱少年時代

僕は東京渋谷区のど真ん中に生まれました。

しかし、僕が2歳になってから横浜に引っ越し、
その後も関西にいったり、関東に戻ったりと、
小さい頃は引っ越しばかりでした。

僕には兄がいるのですが、
兄はその引っ越し生活に
慣れているのか、
新生活でもなんなく馴染めてしまい、

一方僕は小さい頃から
人と関わるのが得意ではなく、
せっかくできた友達も、
すぐに引っ越しで会えなくなるので、
だんだん、友達を作ろうとせず、
一人で本を読むようになりました。

また、僕は生まれつき、病弱でした。

幼稚園や小学校も休みがちで、
今でも小学校時代の思い出といったら

・喘息の発作が出て
眠れない夜を過ごす日々
・アトピーで身体を搔きむしり、
肌がデコボコになる。
・自分の服やタオルなどの
身の回りのものが全て血だらけ

でした。

今では喘息の発作は収まりましたが、
アトピー肌が完治したわけではありません。

昔の僕にとっては”普通の生活”すら憧れで、
”普通の子”に対する劣等感だらけで
自分に自信がありませんでした。

「僕は他の人とは違うんだ。
 みんなと同じような人生を歩めないんだ…」

と思うようになっていました。

体が弱い&引っ越しばかりしたことが、
僕のコミュ障具合をさらに加速させるのでした。

そして、小学校高学年になる頃、
さらに落ち込むような事件が起きます。

好きな子から「じゃがいも顔」認定された小学校時代

小学校5年生の時に、
僕は同じクラスのある女の子を
好きになりました。

その女の子はクラスでも活発で、
顔も整っていて人気もある女の子でした。
小さい頃の芦田愛菜ちゃんのような子でした。

授業中にその女の子が発言したり、
ヒマワリのように快活な笑顔を見ていると、
それだけで幸せでした。

自分でも気づかないうちに、
彼女をずっと目で追っていました。

しかし、ある日、
その彼女と取り巻きの女の子が
会話しているのを聞いてしまいました。

A子「愛菜さあ。ちょっと最近
  気になっていることがあるんだけどー」

愛菜「んー?A子なにー?」

A子「あやとがめっちゃ愛菜のこと見てるの
  気付いたんだよねー。
  愛菜のこと好きなんじゃないー?」

愛菜「えー。絶対無理ー。
  あいつの顔じゃがいもみたいで
気持ち悪くないー?
  めっちゃブサイク。関わんないでほしー」

じゃがいも

今でもはっきり覚えています。
僕は絶望しました。

今思えばめちゃくちゃ性格悪いw
なんて思えますが、

当時は自分の顔をボロクソに言われたのが
本当にキツかったです。

「僕は一生女の子から
 好かれることはないんだ…。」

自分が他人から
どう見られているかということは、
重々承知していました。

さらに僕は、自分という存在を他人の目線から
いっそう隠すようになりました。

13歳で18禁のエロゲーにどハマり

そして13歳。僕は女性恐怖症になり、
僕は中学から男子校に進学していました。

男しかいない環境なので、
僕は友人は少ないものの、
穏やかに過ごしていました。

そんなある日、
いつも通り昼休みの時間に、教室の隅っこで
読書をしていた僕に、友人Bが

B「おい。あやと。この小説知っているか?」

僕「なにこれ。アニメ?」

B「ちげーよ。とにかく学校では出すな。
 家帰ってから読めよ。あと
大量にティッシュの準備しとけなw」

そんな感じで当時渡された小説は、
エロゲー(18禁のゲーム)の小説でした。

僕はすぐにどハマりし、小説では飽き足らず、
翌日には原作のゲームを買いに行こうと
秋葉原に向かいました。

数10件のゲーム屋さんで年齢確認を求めらてしまい、
全く買うことができず。
(当時はネット通販などもなかったです)。

やっと年齢確認を全くしない(ダメだけどw)
18禁のゲーム屋を見つけ、
自分の貯金やお小遣いをふんだんに使って、
エロゲーを買いまくっていました。

小学校時代で僕はリアルの女の子に対して
抵抗がありましたが、

「ゲームの中の女の子は
僕に優しくしてくれる…!!」

「ここが僕の生きる場所だったんだ!!」

という感じで僕はわずか13歳から
18禁のエロゲーにハマり、
学校から帰ったらエロゲーでオナニー三昧。

非モテ人生どころか、
一般的な中学生のレールからは
大きく脱線し始めたのでした。

兄と彼女のセックスを覗き見してオナニーしたら、兄に気付かれて死にかけた夏の日

そんなある日、いつも通り自分の部屋にこもって
エロゲーをしながらオナニーライフを
楽しもうとすると

「ああん。あ。あ。はぅ、は、
あっっぅ気持ちいぃぃ。ああぁっ、
気持ちいよおおぉぉぉ。ああー!!」

なんとエロゲーを始める前から、
女の子の喘ぎ声がどこからともなく
聞こえてきたのです…!

ついに僕はエロゲーの神様から認められ、
ゲームをしなくても、
女の子の喘ぎ声が聞こえるようになったのか…!!!!

…というわけではなく、

兄が自分の部屋に彼女を連れ込み、
セックスしていたのです。

いつも僕は自分の部屋にこもっていたので、
僕が家にいることに気づかなかったようです。

「是非とも生で見てみたい…!!!」

と思い、こっそり兄の部屋まで行き、
そっとドアを開けると、

そこには2次元の世界しか知らなかった
僕にとっては理想郷でした。

今まで女性恐怖症もあって、
AVを13歳まで一度も見たことがなく、
初めて現実の世界でのセックスをみたのです。


そこは綺麗なアニメや漫画の世界とはほど遠く、
扇情的で、狂気的で、何100倍も興奮しました。

僕はエロゲーのことなんかすぐに忘れ、
扉からこっそり兄と彼女のセックスを見ながら
オナニーし始めました。

しかし、若さゆえの過ちか、
シコる勢いがあまりにも強すぎて
腕をドアにぶつけてしまい、
ドアを開けてしまいました。

「お前は何をやってんだ!!!!
さっさと家から出て行け!!!
死ね!!!!!」

兄がものすごい勢いで僕を殴り、
そのまま家に放り出されるのでした。
(まあそりゃそうだw)

これ以来、
僕は次第にエロゲーをやらなくなり、
海外の無修正エロ動画で週20回は
オナニーする
猿顔負けのライフスタイルを
獲得したのをよく覚えています。

しかし、時は流れ、
中学3年生になり、転機を迎えます。

身体中の傷に塩を塗り込んで覚醒した14歳

毎日オナニー三昧な日々を
過ごしていた僕は、

「なぜ、僕はこんなに
体が弱いのだろうか…」

「なぜ、僕はこんなにも
普通の人とは違うのだろうか…」

そんな原因を考えると、
全ての原因は僕の虚弱体質にあるなと、

僕は生まれつき身体が弱く、
アレルギーを持ち、
喘息があり、
ひどいアトピーがある。

どのくらい身体が弱いかというと、
5分走ったら、喘息になり
軽い呼吸困難になり、

追い討ちをかけるかのように
体が熱くなり、
体全体を掻きむしり、
戦火にいる子供顔向けの
血だらけの
傷だらけのボディでした。

「なぜ、僕は人の当たり前が
できないのだろうか…」

思春期という時期はものすごく
エネルギーを持っている時期です。

僕は本気で変わりたいと思いました。
内気な性格を変えるのは難しくても、
他のクラスメートと同じくらいの
体力は持ちたいと。

ここで奇跡的な本との出会いがあります。
“ロビンソン漂流記”という本を
知っているでしょうか?

僕はロビンソン漂流記に出てきた
“船乗りの拷問”を知った瞬間、
電流が走りました。

“船乗りの拷問”というのは、
船上で命令を無視した船員がいたら、
その船員をムチで打ち、

ムチで打った傷口に塩を塗る
(ことわざではなく、言葉通りの意味)
というものでした。

傷口に塩を塗る理由は、
傷口の消毒にもなるし、
激痛を与えられるからです。

「痒みに耐えることはできないが、
痛みに耐えることはできる。
痒くなったら自分の身体の傷に
塩を塗ってみよう」

今思うと完全にキチガイ発想
だったのですが、
当時の僕には大発見でした。

そして早速、
自宅から料理用の食塩の袋を
持っていき、
近くの公園に来ました。

公園の外周は大体1kmくらい。
まずは一周走ってみよう。
僕は走り出しました。

結論から言うと、一周も走ることができず、
途中でリタイヤし、喘息の発作が出ました。
人から見られないように公園の草陰に隠れ、
咳き込み、20分ほどのたうち回りました。

喘息が治っててくると、
今度は身体が熱くなり、
痒くなり始めます。

「今だ!」

僕はポケットに入れた料理用の食塩を
傷口に塗り込んでみました。

「ぎゃあああああああああ
ああああああああああああ
あああああああああああああ
ああああああああああああああ
ああああああああああああああ」

この時の痛みは、今までも、
これからも、
ダントツで優勝するだろうな
っていうほどの激痛でした。

今度は喘息ではなく、
痛みに20分ほどのたうち回った後、
痛みが落ち着き始め、徐々に正気を
取り戻してきました。

正気を取り戻すと、
僕は痛みや苦しさに嘆くよりも、
初めて病弱な自分の身体に
打ち勝ったのだと思い、
誇らしい気分で
いっぱいになりました。

「これを毎日続けていこう」

「だんだん走れる
距離も伸びるし、
体力もついて喘息も
 克服できるかもしれない…!」

身体はボロボロだったが、
この日、初めて自分の意志で
何かをやり遂げたのだと思い、
強い充実感を感じました。

そしてその日から毎日、
僕は自宅から食塩を持っていき、
のたうち回りながら
ランニングを続けました。

1か月弱くらい毎日走り続けると、
走れる距離が少しずつ伸び、
最長で公園を8周(だいたい8㎞)は
走れるようになり、

アトピーこそ治っていないが、
徐々に喘息の症状がでなくなり、
体力がついてきました

虚弱体質の僕は、
体力を自分の努力でつけたことに
よって少し自分に自信がつき、
部活(運動部の幽霊部員だった)
にのめり込み、
大会にも参加し始め、

中学高校6年間で大会の優勝回数は7回。
最終的には全国大会で
5位の結果を出しました。

実家に賞状が50枚くらいありました。

全国大会5位の賞状

母校初の垂れ幕

しかし、
部活で結果を残すことはできましたが、

相変わらずコミュ障であることは治らず、
逆に部活にのめり込みすぎて
友達と一切遊んだりせず、

さらにコミュ障を加速させていきました。

大学時代、100回以上デートし、1回だけ彼女ができるが、たった1ヶ月で「お前といてもつまらん」と言われ、振られる。

中高時代は部活ばかりの生活で、
彼女どころか男友達と遊びに
行ったりもしていなかったので、

「サークルで可愛い彼女をゲットして
セックスしまくる大学生活を送るぞ!」

と意気込み、
日本で一番サークル活動が
盛んと言われている
某W大学を目指して猛勉強をし、
無事、入学することができました。

そして晴れて大学生活で
彼女を作ったり、
モテモテのセックスライフを
過ごしたかというと、

全くモテませんでした。
もうびっくりするくらい
モテませんでした。

正直な話、
中高時代では部活で結果を
残したのもあり、
周りから
尊敬されていた部分もあったので、

「お前はすぐにモテるようになるやろ」

と数少ない友人に
言われたりもしていたのですが、

男にもコミュ障を発揮するのに、
女の子とうまく喋ることなんて
できるわけなかったのです。

女の子を目の前にすると
緊張しすぎて、
すぐに顔が真っ赤になる
赤面症になっていました。

しかし、変に部活でいい結果を出していた、
自分の努力できる性格に過信していて、

「僕は努力できる男なんだ…」

「恋愛も努力すればうまくいくはずだ!」

と思い、大学時代から毎週のように
合コンをやったり
(100回近くはやりました)、

友達から女友達を紹介して
もらったりもしたのですが、

大学時代に付き合った人数は
たった1人。

童貞を卒業したのは
21歳でその彼女です。

しかし、

「お前と一緒にいてもつまらん」

と最後は言い捨てられ、
たった1ヶ月で別れましたw

そして、ナンパを始める
25歳になるまでは彼女もできず、
ずっと非モテを拗らせていました。

しかし、流石に100人も
デートしていて、
全部振られたかというと
そうではありません。

何人かの女の子と、
付き合えそうだなあ
くらいの子はいました。

しかし、大学時代、
ずっと好きだった女の子がいて、
その子が好きすぎて、
その子と付き合いたいから、
他の子と付き合うことは絶対にできないと、
童貞ながら強く思っていましたw

初恋の女の子に10回告白して玉砕し、腹いせにわずか1年でプロが出る音楽コンクールに出場して優勝し、プロとして活動し始める。

その子は僕が所属していた
音楽サークルで知り合った子でした。

元AKB48のまゆゆこと、
渡辺麻友に似た女の子でした。

一目見て僕は虜になり、
彼女に猛アピールしました。

・彼女が好きだと聞いた
アーティストの曲を
全部聞いて
一曲ずつ
1,000字くらいの感想を
書いて毎日メールで送ったり、

・ご飯を食べる時も絶対に
隣を死守したり、

・月1回のペースで
「出会って〇ヵ月記念」
と称して手紙を書いてみたり、

・学園祭ではグループで
回っている中で手を握り、
抜け出して一緒に回ったり、

今思えばめちゃくちゃ気持ち悪いことばかり
やっていました。

告白も10回以上しましたが、
全て玉砕w。
毎回彼女から

「友人関係を壊したくない」

と言われたので、

大好きなのに、
友人関係を続けるという
ヤキモキした状態がずっと続きました。

ちなみに、この初恋の子は
ナンパで口説きを学んだことによって、
10年越しにお持ち帰りすることができました。

詳しくはここに書いてますので是非
https://hojo-318.com/2021/05/20/hatsukoi/

では、続きを書きますね。

どれだけ好きでも、
自分の想いは届かないことに絶望し、
その辛さを無くしたいという一心で、
大学の授業は最低限単位だけを取り、

とにかく楽器の練習をしまくり、
楽器を初めて1年間で
プロが出る全国大会で優勝しました。

これがきっかけで大学生時代は
音楽で金を稼ぐことを覚え、
手作りのCD(原価10円くらい)を
1000円で1000枚売ったり、
学生時代で500万円くらいは稼いでいました。

女の子にモテる才能はなかったのですが、
ビジネスや楽器の才能はあったのかなと、
昔は思っていたりしました。

後に、音楽で稼いだ全ての資金を
僕はナンパに費やしました。

職場でコミュ障を思う存分発揮し、仕事できないキャラ認定される。

充実したような、
充実していないような大学生活を送りました。

僕は憧れのセックスしまくりの
キャンパスライフを送ることができず

非モテを卒業できないまま社会人になり、
そこからは毎日が死にたくなるような
日々を送ることになりました。

僕は受験塾の会社に就職することになりました。
正直、僕は一人で黙々と作業する部署を
期待していたのですが、

小学生や中学生、高校生の勉強を相談に乗る
アドバイザーの仕事を任されたのです。

コミュ障の僕は大人とまともに話すことができず、
飲み会とかご飯に誘われても一切喋らず、
入社一週間で、
全く会話ができないキャラ認定されました。

さらに僕のコミュ障具合はあっという間に、
子供たちに広まりました。

小学生には
「ヒョロガリクソチビ野郎」

中高生には
「コミュ障童貞チビ男」

と蔑まれ、
誰も僕に相談することがなく、
子供にも同僚にもモテる同期のイケメン男に
子供達は相談に乗っていました。

僕はほとんどやることがなく、
定時になれば帰れるくらいの
ある意味理想的な仕事場でした。

しかし暇そうにしている僕をみて、

「もっと真剣に仕事しろよ」

「〇〇(同期のイケメン)はお前とは違うな」

「給料泥棒」

などなど

仕事ができない(というか仕事を任されない)
僕はいろんな罵詈雑言を浴びてきました。

どんどん職場にいることが苦痛になっていき、
業務時間のほとんどを
トイレで過ごすようになりました。

大学時代は音楽で
お金を稼ぐことができたので、
独立してみようと考えたことは
あるのですが、
独立した後に、
失敗して稼げない状況が怖くて、

仕事をする勇気も、
転職をする勇気も
独立する勇気もなく、
死にたくなるような毎日を
送っていました。

プライベートでも、
友人と遊びに行くことも
ほとんどせず、
毎日家でネットサーフィン
ばかりしていました。

もちろん、彼女もおらず、
女友達と遊んだりする予定もなく、
お気に入りのAVを見てオナニー
ばかりしているような毎日でした。

そんなつまらない日常を送りながら、

「彼女欲しいなあ…」

と日々悶々とすごしていました。

そんなある日、衝撃的な出会いがあります。

この本は、
非モテの主人公がナンパを始め、
たくさんの女の子を抱き、
最後にはモデルの女の子と
付き合うまで至った物語です。

この本に影響を受け、

「ナンパで女の子とたくさんセックス
 できるようになりたいな…」

「可愛い彼女も欲しいし、
 コミュ障も直せるかもしれない」

「そうすれば自分に自信もつきそうだ!」

「ナンパで女にモテモテになるぞ!
 やってみるか!」

翌日、僕は早速
ナンパスポットとして有名な
渋谷駅のセンター街で、
ストリートナンパをすることにしました。

いざ、道を歩いている女の子に
声をかけようとするのですが、

「え…なんて声かければいいの?」

完全に地蔵(声をかけられずにいること)
していました。

街の中をグルグル回っていると、
目の前に自分のタイプな女の子を発見し、
僕は思い切って声をかけようと思い、
その子の前に立ち、

「あの…!」

目の前の女の子は訝しげな目を向けて、
逃げるかのようにそそくさと
僕の横を通り過ぎていきました。

「道で声をかけた女の子と
セックスするとか、
無理じゃね…?」

「僕みたいな低身長ブサメンじゃ
うまくいくわけないか…」

その日は3時間くらい、
渋谷駅の周辺を歩き回るだけで
終わりました。

「こんなの絶対に
うまくいくわけないだろ…」

「でも他に女の子と出会う方法
なんてないし…」

「誰かに教わったりは
できないかな…」

ということで、僕はナンパについて、
インターネットで調べることにしました。

そこは非モテの僕にとって、
刺激的な世界でした。

・Twitterでナンパした女の子との
セックスの画像や動画をあげるナンパ師

・経験人数1000人斬りのナンパ師

・セフレが50人。彼女が10人いるナンパ師

・複数人の彼女から毎月100万円
貢いでもらってるナンパ師

・彼女10人から合鍵をもらって
家を転々とするヒモナンパ師

「こんな人が世の中に
たくさんいるのか!」

「僕もすぐにこんな人達みたいに
なりたい!」

 

さらに調べていくと、
様々なナンパ講習があることを知り、
たくさん吟味した結果、
ある一人のナンパ師と連絡を取り、
数日後、ナンパを教えてもらうことに
なりました。

一番最初に声をかけた女性と、そのままラブホテルに入っている姿を直接見て衝撃を受けまくった話

当日、
僕は緊張しながら再び渋谷駅の
センター街に行き、
集合場所であるマクドナルドで
ナンパ講師のNさんを待っていました。

「ナンパ講師って、
普通に怪しいよな…」

「無理矢理高い物とか
買わされたらどうしよ…」

そんな気持ちで待っていると、
集合時間に5分遅れで
ナンパ講師Nさんがきました。

N「あやとさんですか?」

僕「そうです!
よろしくお願いします!」

N「よろしくお願いします^ ^」

Nさんは、めちゃくちゃイケメンで、
オシャレでした。
怖い感じは特になく、
しかも同じ25歳で話も合い、
気さくな感じだったので、
すぐに安心できました。

軽く自分の過去とナンパを
始めたいきっかけを話すと、

N「なるほど、そしたらまずは
どんな感じなのかお見せしますね」

おお!これはありがたい。

ということで、
初めて他人がナンパをしているところを
生で見ることになりました。

そこからです。
僕の人生は激変しました。

 Nさんは早速マクドナルドを出て、
すぐ近くのスマホを見ながら
ゆっくりと歩いている女の子を見つけ、
颯爽と声をかけにいきました。

すると、なんとその女の子は足を止め、
Nさんと楽しげに会話を始めたのです!

近くに行きすぎるとバレてしまうので、
僕は少し離れたところでNさんを
観察していました。

5分くらい話していると、
Nさんと女の子は手を繋ぎ、
どこかへ歩き始めました。

その後をこっそりついて行くと、
なんとNさんと女の子が
そのままラブホテルに入っていたのです。

え!!???
何が起きたの!!!????

その後、 NさんからLINEで
「ごめん、少し待っていて」
と言われたので、
僕はマクドナルドで待つことにしました。

そして1時間後、再びNさんと合流し、

僕「すごいです!魔法みたいです!
なんであんなことができるんですか?」

N「いやいや。
あれはちょっとラッキーだったよw」

僕「ラッキーでもすごいです…
Nさんって経験人数は
何人くらいいるんですか?」

N「うーん…多分500人くらいかな」

500人!!!!??????
同い年なのになんで、
こんな差がついてしまったんだ…

もうこんな感じでした。
生まれて初めてです。
ここまで気持ちが高揚したのは。

そして、Nさんは4年くらい
毎日街に出て、声をかけ続けたこと。
500人くらいセックスしたこと。
Nさんはナンパを始める前は童貞で、
ストリートナンパで童貞を捨てたこと。
誰でもナンパで成功することが

できるということ。

40歳超えてナンパを始めて、
20代の彼女をゲットした人がいること。
複数人の女の子をナンパして、
乱行したことがあること。

そのようなことを話していただきました。

僕はもう気分が高揚としていました。

理由として大きいのは、

・自分に自信をつけること
・コミュ障を治すこと
・タイプの女の子を彼女にすること

この3つをナンパで達成することが、
できると思ったからです。

当時はプライドが高かったために、
コンプレックスがあると口に出すことが
できませんでしたけど、
潜在意識にはバリバリありました。

自信がなく、コミュ障で、
女の子から好かれることもなかった。

だからこそ、
ナンパの世界。
口説きの世界。
恋愛の世界というのは、
魅力的にしか思えませんでした。

かつてこれ以上に僕の心の中で、
炎が燃えることはありませんでした。

僕はこのナンパの世界を
駆け抜けようと決意します。

そして、
僕のナンパ人生が2018年の12月から
スタートするのです。

ここまでが、
ナンパを僕が始めるまでの背景です。

そして、その後、1年間で、
あっさり経験人数が100人を超えます。

また、自分好みの
Fカップのロリ巨乳の女の子と、
セックスすることもできました。

その後も自己研鑽を重ねて、
迷走しながらも、いつの間にか、
現役モデル美女と付き合ったり、
芸能活動している女の子や元、
ファッションモデルの女の子、
恵比寿の高級ラウンジ嬢や
某有名アーティストの巨乳バックダンサー
とセックスすることができたのです。

それもコーヒー1杯、30分話しただけです。

ハイブランドや高い服も着ずに、です。

上下ユニクロでも、サンダル履いても、

可愛い女の子と
セックスできるようになりました。

今までの価値観も
何もあったものではありません。
価値観の崩壊です。
もっといえば人生観の崩壊です。

常識にとらわれて信じていたものなんて、
一瞬で無くなりました。

自分の常識なんて、
意味がないなと気付きました。

僕の人生は、
本当に激変していきました。

そしてこれからも日々学び、
勉強と実践を繰り返して、
常に進化していきたいと思っています。

 

いかがでしたか?

かなり長かったと思います。

ですが、読みやすいとの感想は
たくさんの方からいただいてます。

僕の人生を共有することで、
僕のこれからの記事や教材などが
読みやすくなりますし、

あやとは、こんな雑魚みたいな
非モテ男だったんだよ。

ということを理解して欲しいのです。

人間生まれた当初は、
何も持っていません。

しかし、

適切な道を進めば、
道は開けるんだよ。

ということを強く学ぶことができました。

それは僕にとって、
大きな財産になりました。

僕は、

「ただただ努力すれば、絶対に夢は叶う」

とは言えません。

綺麗事を言うつもりも一切ないです。

頑張るだけでは成功はできない。
これは断言できます。

行動と適切な情報が必要です。
適切な道筋がわかっていて、
あとは努力さえできれば、
ことナンパに関しては、
成功を収めることは難しくありません。

理想の美女とセックスすることだって
難しくはありません。

セックスしたいなって思ったら、
すぐにLINEで女の子を家に呼び、
セックスすることだって
簡単にできるのです。

胡散臭いですよね。
しかしこれは事実なのです。

あなたの周りにはモテ男はいませんか?
そのモテ男は普段言わないだけで、
全くセックスに困っていないのです。

けど、じゃあそれって、
ただただ無思考で努力すれば
到達できる領域なのか?
というと、答えは否です。

時間をかければ、
ナンパができるわけではなく、
女の子を魅了できる口説きができるから、
女の子とセックスが
できるようになるわけです。

髪を整えなくても、
服装もユニクロで適当でも、
サンダル履いても、
ただただ30分喋るだけでも、
セックスができるのです。

とは言っても最初は
何が何だかわからない。

それが普通だと思います。
しかしそれでも構いません。

それくらい、
モテる男と、非モテの男では、
思考が違うということを
まず理解することが大事です。

モテる男というのは、
キープや彼女がたくさんいるから
モテるのではなくて、

いつでも簡単に
女の子を口説いてセックスできるから、
モテるのです。

そしてその口説きを仕事や
プライベートにも活かせるから、
人生にモテるようになるのです。

やっぱりそのためには、
モテる男になるための思考が不可欠です。

そして、思考というのは、
知識・情報から作られていきます。

モテる男になりたいなら、
モテる男になるためのことを
勉強すればいいのです。

いたって、簡単な話です。

最後になりますが、
ナンパするということは、
世間で思われてるより難しくありません。

もし難しいと思ってるなら、
それは、正しいやり方を知らないからです。

知らないものは当然難しく思えますからね。

世の中には、
可愛い子との出会いのチャンスは
いくらでもあります。

ナンパをするだけなら、
簡単に女の子とセックスできるチャンスは
いくらでもあるなと本当に思います。

冒頭で話したように、
僕はナンパにめちゃくちゃコミットしてきたし、
教えてきました。

コンサルをして2週間で
モデルの女の子とセックスさせたり、

・彼女いない歴=年齢の童貞に
可愛い彼女を作ったり、
・マッチングアプリで
月15人とセックスさせたり、
・ストリートナンパで
巨乳キャバ嬢とセックスさせたり、

他にも例を挙げたらきりがありません。

今後も、ブログやTwitterなどで、
僕がナンパを通して学んできた
たくさんのことを、

共有していきます。

今後もチェックしてみてください。

ありがとうございました。

あやと